
山本益博著
『味な宿に泊まりたい』より
1995年 新潮社刊
前略
「洋々閣」は唐津城に近い街並の一角に奥床しく建っていた。 がっしりと格子が組みこまれたその構えは九州男児そのもののように剛毅朴訥だが、車がすれ違えるかどうかの細い道に面した宿のたたずまいは控え目そのものである。
出迎えをうけて玄関を入ると、敷きつめられた石にしっとりと打ち水がされてあり、靴を脱いで上がると長い廊下の奥に庭が覗いた。 後略
建物は大正元年改築のものです。
手前ののれんは、隆太窯ギャラリーへの入り口で、のれんの中央の印の原本は中川一政先生、洋々閣の文字の原本は今井凌雪先生です。
洋々閣の玄関は格子の先です。
駐車場はその先を右へ。画面左はしに小さく唐津城が見えています。

玄関
山本益博著 『味な宿に泊まりたい』より
新潮社 1995年
初出誌 「小説新潮」 1994年1月号~95年6月号に連載
洋々閣は94年2月号に掲載
前略
「洋々閣」。 わたしははじめその名前から、玄界灘を眺める古風な由緒ある宿を想像していた。やってきて、いまは海こそ望めないものの、伝統によりかからず、気位など持たず、万事控え目ながら、折り目が正しいというもてなしが、この宿のなによりのご馳走であることが一晩泊まっただけでも十分にわかった。 こういう宿はいまや貴重で、九州のかけがえない財産ではなかろうか。
そう思って宿の名前を再び眺めてみた。
「洋々閣」。 いい名前である。
後略
玄関写真の右側の扁額は、
明治の伊万里出身の衆議院議長川原茂輔氏の揮毫によるものです。[閣々洋]と、右から左へ書いてあります。
現在洋々閣で使用しているロゴの文字の原本である扁額は、「西の間」にかかっているもので、書家は今井凌雪先生です。
この玄関は大正元年に改築されたもので、それ以来殆ど変わっておりません。 土壁は中壁仕上げになっていて素朴な感じです。
敷台は欅の一枚板で135cm×158cmの板が二枚はってあります。

洋々閣の花守、陽子でございます。
中里隆先生や、太亀先生の花器に野の花を活けこむことは、毎日の大切な仕事です。
都会からお越しのお客様に唐津の自然を味わっていただきたくて、山野を駆け巡って花材をあつめます。
左の写真は4月で、白い花はヤマナシです。薄墨桜に似ています。高い芳香が玄関に広がりました。
また来年この木にあえるかどうかはわかりません。訪ねて見ると、伐られていたりすることがあります。
お花との出会いは、一期一会です。
そして、お客様とも。
フロントか、事務室におりますので、どうぞお声をかけてください。お待ちしています。

ロビー
小さなロビーでございますが、
コーヒーもご注文いただけます。
衛星放送、wowwow、CNNなどはここのテレビだけでごらんいただけます。
また、中里隆先生関係のビデオも
こちらでどうぞ。
朝刊、夕刊もこちらで。
小さな本棚も置いてあります。
大きな籐イスで、ごゆっくりどうぞ。
このロビーは、柿沼守利先生の修理設計により、平成13年11月1日に、出来あがりました。

ロビーの前の庭です。

庭園より作用姫の間を望む。
佐用姫の間は角の三分の一が池の上にかかっていて、夏も涼しい部屋です。
冷暖房もありません。
お泊まりには使えません。

佐用姫の間から見た庭園。
松は樹齢200年の老松がほとんどです。
自然な感じの造園です。奥のほうに枯山水があります。

庭園から西の間を望む。
大正初めの建築です。